祭りに欠かせないお囃子
砂の囃子は江戸の葛西囃子が母体で、現在の砂囃子は小村井流の流れを受け継いでいます。

小太鼓二つに大太鼓一つ、それに笛と鉦(かね)の五人囃子で、更にひょっとこやおかめが加わって賑やかなお神楽が構成されます。平成初期に万灯祭りが中断し途絶えていましたが、祭りとともに復活し今に伝えられています。

起源と歴史
江戸時代から悪病退散を祈念して、砂の万灯と共にお囃子はありましたが、それは現在と異なり適当に大小の太鼓を叩いていたようです。
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明治になって東京葛飾の小村井(おむらい)でお囃子を習い、小村井流の流れを受け継ぎました。その頃は村内に笛の名人がいて連中を束ねていました。笛と太鼓の名人が多く、他の多くの囃子連を圧倒して近在に鳴り響いていたようです。なかでも8月の武蔵一宮氷川神社の大祭では、大門町の山車に乗って演奏し他を圧倒する腕前だったと言われています。
更に近隣の杉戸町や白岡町からも呼ばれて三番叟を演じたりと活躍していました。中でも明治天皇が当地に行幸の際に砂囃子連がお囃子でお迎えしたというのが誇りだったそうです。
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近年の砂囃子連は、昭和時代まで氏子の長男しか参加できないなどのしきたりもあり、後継者の養成を長い間行わなかったため、現役で囃子を叩ける人が2~3人になり活動休止状態になっていました。平成初期に同じく長い間中断していた「砂の万灯」の奉納が再開されたことを契機に、氏子から囃子連の後継者に10名ほどが新たに加わり、復活を遂げました。
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お囃子の特徴

曲目は簡単なものからやや高度なものまでいくつかあるのですが、岡崎(おかざき)という曲の太鼓は誰でもすぐに覚えられる簡単なものです。実はこの簡単な曲が一番演奏される場面が多く、山車を曳く時もおかめやひょっとこが踊るときもすべてこの曲です。最初はこの曲から練習を始めます。
当砂囃子連は、七月の万灯祭りの他、お正月に神社で奉納、他地域の芸能大会、さらには地元小学校の課外授業のお手伝いなども行っています。さあ皆さん、一緒に山車に乗って太鼓をたたきませんか。
仲間を募集しています

地元に住んでいれば誰でも練習に参加できます。
友達どうしで参加、親子で参加、定年退職を機に参加、何でもありです。音楽が好きな方、お祭りが好きな方、踊ってみたい方も是非どうぞ。
随時受け付けていますので、ご興味のある方はご連絡下さい。
